夏も終わることだし、ここらで今年あった怪談でもかけようかなと思ったわけですが、怪談好きな人ってどれくらいいるのかねぇ。
こんなしみったれた寄席でわざわざ笑うために金を払うお客ですからね、なんでも許してくれるのかなぁとオイラ思う訳でさぁ。えっ?寿司屋の兄ちゃん、おめぇのことだよ?目ぇそらしちゃ嫌だねぇ。寄席ってのはそういうもんでぇい。
「笑うのに金払うなんてバカだなーと思ってたらそれ以上のバカが出た」
三遊亭圓楽師匠の言葉だったか、色川武大先生の言葉だったか、お二方の御本を買って読んで確かめてくだせぇ。
ええ、まぁどういわれようがオイラ今日は怪談話かけるって師匠に約束しちまったんでぇ、怖かったらロビーで待っててくれぃ。
でえじょうぶ、オイラの後の仲入りがあるから。そこから姉さんたちと、師匠たちが頑張ってくれるから。怪談話をした後は馬鹿笑いさしてくれるって、相場が決まってるんでぇい。
まぁ、今日は武甕亭ばっかりで、姉妹会みたいになってるからなぁ、辛気臭い奴らばっかりで、もしかしたら今晩は怪談だけになるかも、、、、。
へへっ、背筋凍ったかい?上等でぇい。やっと夏が終わろうとしてんだ、熱中症にならず、幸い流行りの疫病ってやつにも罹らなかったんだから、これはオイラの義務だよぉっと。夏を惜しみつつ、今から寒さになれとかにゃきゃならねぇ。
これから話すのはオイラの「夢」かもしれねぇし、「現実」かもしれねぇ。ここは一丁あまり怖がらないで聞いてくれぇい……。
(ストン……)
えーーー、これはぁある夏の日。オイラが寝ていると、深夜に目が覚めた。
目が覚めたから、今何時なのかと確認しようと上体を起こそうとすると、身動きが取れなかった。
ああ、これは金縛りだなァ。
オイラはふとそんなことを勘づいた。金縛りって言うとぉ皆おっかねぇって言うけどな?ありゃなんも怖いこたねぇ。ただ睡眠リズムが崩れて副作用でぇい。
オイラもこんなヤクザさんみてぇな不安定な商売してっからよぉ、毎日同じ時間に寝れるとは決まったわけじゃねぇ。
だから慣れた金縛りに取り立てて驚きはしなかった。
金縛りって、自分でなんとか体の筋肉を起こそうと体のどこかを動かそうとするんでぇい。いつもなら、オイラ小指をゆっくり動かして起きようとする。そうしてっと、次第に全身に力が入らない状態からなんとか「起きられる」ってもんでぇい。
ただ、その日は少し嗜好を凝らしてみようと、変なこと思ったんだねぇ〜。
最近、お師匠に芸の肥やしにと神社の神主さんなんかが神様の前で奏上する祝詞の一つ、「祓詞」(はらえことば)つーのを叩きまれたんでぇい。
なに、オイラでも長くねぇからすぐ覚えられたよ。
それで、なんとなしに心の中で唱え始めた。
「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神ー…………」
言葉が水面をスーーーと流れていくのを心の中で思い浮かべながら、あわよくば体が楽になって「起きられ」ねぇかなとそんなことを考えながら唱えた。
すると、これはオイラが不安定な睡眠をしていたからか、意識はあったはずだが、それは「夢」だったのかもしれねぇ。
右耳の方から段々、まるでこの祝詞を拒むかのように、嫌ァな重たさをもって、老婆だか老爺だか、性別の分からねぇ萎れた声が聞こえてきやがった。
「おっ……お前〜〜……!」
というようななんとも気迫がない、それでも確かに重さのある声を聞いた。
これには思わずハッとして、夢であってくれ夢であってくれと願いなら、変わらずオイラは唱え続けた。その言葉に打ち勝てなくなったのか、はたまたオイラが「夢」から目覚めることが出来たのか。
その声は何度も何度もお前、お前と言っていたはずがいつの間にか聞こえなくなっていた。
そうしてハッとして目覚めた時にゃあ、首が痛かった。なんでぇい息苦しい、と思った途端。自分の首を自分自身でキュゥーッと締めていることに気がついた。慌てて、手を離すと息を切らしてハァハァと呼吸をした。
……その晩それ以降そういった声は聞いちゃいねぇ。憑かれていたのだったら、きっとオイラは自分自身で祓うことが出来たのかもしれねぇ。
金縛りにあった日はもしかしたら「夢」じゃなくて、「憑かれている」のかもしれねぇ。そういう時にこういう神さん、仏さんの言葉を覚えて自分で祓うのもいいかもしれねぇなァ……。
(ベケベケベケベンベンッベンベベベン…………)
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