いちごのタルト

チャオ~~~!皆元気~!?

お久しぶりです~~~~~てんぐです~~~ただいまと言った方がいいのか、いや、私のブログに皆が来てくれたのでおかえりなさいなのかしら。


なにはともあれ。思い出したころにふらっと書いてまたふらっとどこかに出かけてしまう。そんなのがてんぐのいいところだと思っています故。ご了承くださいませ。


今日はゆるっと日常記事です。

こうやって日常記事を書くのは本当に久しぶりですね。小説とかレポとかはちょいちょいあげてたんだけど、ゆったり何かを書くって言うのも中々久しぶりなもので、なんだか緊張してしまいますね。


※タイトルが可愛い感じになったけど、内容全然重いのでハイカロリーウェプってなるひとは今のうちに逃げてね


最近というかここ数ヶ月で起きたこと、かいつまんでお話していこうかな。

トピックが多すぎて本当に目まぐるしくて十歳くらい老けたかもしれない。ピークで大変だったのが二月の後半だったのですが、ふと鏡をみたら顔面に死相でてこんなんで仕事してたの……と自分でもドン引きました。


まぁなんだかんだ色々あったのですが、一番の発端は祖母が一月二十二日に永眠したことだったような気がします。こういう話が苦手な人はごめんね。無理して読まなくていいからね。




身内の不幸はあまりこういう場で語るべきではないと自分は思っているのですが、いかんせん四十九日も済んだことだし、何よりその亡くなった日にちょっとしたことが起こってどうしても忘れたくないなと思うので書くことにしました。

お祖母ちゃんこれしきのことで怒らないだろうし、供養だと思ってたんと見守っておくれ。


一月二十二日。その日は早朝から仕事でした。朝の五時には目を覚まさないといけないのに、その日はどうしてだか起きたくないそんな気がしてならなくて、アラームもあるから大丈夫だろと過信して二度寝をしようと眠ると起きるの間くらいの感覚になった時。

そもそもアラーム設定してなくないか?そろそろ起きないといけないのでは。と急に冷静になり、目を開けてスマホの画面をみると時刻は午前5時35分。

家を出る時間でした。私は飛び起きて、爆速で身支度を済ませて、出勤してなんとか事なきを得たのですが……


その翌日母親から連絡があり、祖母が永眠したことが知らされました。その知らせを親戚や知人にも送っているのでしょう。はがきサイズの画像が送られてきて、ふとその文章に目を通すと、午前5時35分に永眠と書いてありました。

そうです。私が起きた時刻と同じだったんです。それを見た瞬間になんとも言えない気持ちになりました。祖母のことが大好きだったわけでも苦手だったわけでもない。そんな軽薄な孫ではありましたが、やはり心のどこかで哀しむ心が合って。

とうに九十を超えた長生きさん。祖母が父を生まなければ、立派に育てなければ、私は生まれてなかったんだなと思うと変な気がします。


祖母はいつも人の心配ばかりをしていました。小学生の頃だったか。私が不登校だと聞きつけると、家に電話をかけてきて色々と諭されたのを覚えています。誰かが困っていたり悩んでいるとどうしても口を出したくなるそんな人でした。


私が二度寝をしたから、わざわざ亡くなる間際にというか亡くなった直後だったのだろうか、どちらかは分からないけれど、起こしに来てくれたのかと思うと悲しいやら嬉しいやら。なんとも言えない気持ちになりました。


自分がこういうことを生業にしているからか、ご先祖様とか神様を考えることは人より多いです。かといって気配を感じるとか、見えるとかそんなことは一切ないのですが。


お祖母ちゃんが起こしてくれたんだな、と思うとなんだか美しい気がして。私はそう思うようにしました。


まぁそれでね。そこから主に職場でトラブルが起こりまくって。しっちゃかめっちゃかの毎日。もう何べん精神がすりきれたか分からないですね。

日々色んなことで思い悩んだり、それこそ朝まで泣いたりして、なんだかんだで過ごしておりました。


そうしたらそういうのをご先祖さまだか神様が見かねてなのか、元気だしなよ~ってことで舞台のチケットが当たり続けたりして。楽しみが増えることはいいことですから、私もわーいなんていってそれで気持ちを切り替えたりしたわけです。なのでまぁ大変なことばかりじゃないしちゃんと楽しいこともあるのです。安心してね。ヘタミュも申し込んだの全部当選したからね。


……もうね、年々自分が自分で無くなっていくような気がして怖い。どんどんわがままになるし、どんどん融通が利かなくなっている気がしてきた。

最近は人の話を聞く力がとんと弱くなった気がする。人と話してても勘違いすることが多いし、聞き取れないことが多いし、自分は自分で言語化することが出来ないし滑舌も悪くなったと感じる。

脳みそが腐りかけてるのは百も承知なんですが一番の原因は、、無意識で人の話を聞きたくもないし、話したくもないってことが根底にあるのかもしれません。


仕事のお話だから割愛したんだけれど、二月から三月ね人間不信になる出来事が非常に多かったんです。


だからなのか随分弱りましたし、自分を守るためにアホの子になりました。元々かなり頭の出来が悪いアホなのですが(ここでいうアホは関西人特有のアホです重く考えないでね)それに加えて人の話を積極的に聞かなくなるアホになってしまい。


もう何も傷つきたくないからと、以前にもまして創作に縋るようになりました。創作の中のお話でしか満たされないし安心が出来ない。創作だけが心を温めてくれる。そのくらいまで落ちたというか、人を信じることが出来なくなって素直に自分が情けないですね。



でももうそうなったら最後、創作やるしかないなという気持ちにもなって。なんだかんだ手さぐりで書いてみたりしているわけです。


こういう例え話どこかで聞いたことがある気がするので二番煎じにはなりますが、

言葉って目に見えないけど、凄く大きいもので脆くて鋭いし、ナイフとなって人を傷つける武器になる。

だけどすこし表現を、持ち方を変えただけで、柔らかくて美味しいケーキを取り分けるためにナイフになる。

私は常に後者でありたいなと思います。持ち方一つ変えるだけで誰かにケーキを食べてもらえるなら、そうありたいしそうあるべきだなと。


前と比べてほんの少し人は信じられなくなったけど、まだ信じたい気持ちはあるし、誰かに信じてもらえるようにぼちぼち頑張っていきましょうかね。



変化球でまとめたけど、そんなこんなの日常記事でした。前より重めの記事になったけど気のせいだよねん。そうだよねハム太郎。へけッッ


あっちなみに私の好きなケーキは







常套句

知ることは死ぬこと

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