君は薔薇よりやかましい
転生
プロローグ
脇坂青葉 21 大学三回 社会学部系
前世の記憶がある 地味だけど整ってはいる
成宮颯介 21大学三回 国史系(仮
ハイスペック 派手髪のせいで余計目立つ
―前世があるとすれば人はどうするだろうか?
家族の面影を辿ってみる?自分の生まれ故郷を訪れてみる?自分が勤めていた会社に行く?最愛の人を、今世で探し出す?答えはすべてNOだ。前世の記憶をもって生まれ変わった人間はそんなこと、しない。
脇坂 青葉。21歳。誰も信じないだろうが、俺は前世の記憶をもって生まれてきた。
いや、分かってる。すぐには受け入れられないだろう。無理もない。これはカミサマが何かのいたずらを起こしたのだろうから。俺も、昔住んでいた場所を訪れてみて、思春期真っ盛りの十八の夏、それが本当であることを受け入れた。
ところで、俺の前世がどういうものだったのかって?あまり身の上話をするのは好きじゃないんだが…これから俺の痴情がもつれにもつれていく話を読んでくれる君だけにコソッと教えておくとしよう。
俺の前世は、実にしょうものない人生だった。どれだけしょうもがなかったのかは、
後々詳しく触れるとして。
俺が前に生きていた元号は昭和。ほんぎゃーほんぎゃーと人生で初めて泣いた日は、戦争が終わってから五年後のことだった。裕福でも貧乏でもない至って平凡な家に生まれた俺は、あれよあれよと育てられていき、小学二年になるころまでは何不自由なく成長していった。そう、小学二年になるまでは、だ。
俺は八歳にして、一生を共に捧げることになる厄介な男に出会ったのだ。そいつは俺の人生を狂わせた。出会った瞬間から、死ぬ間際でずっとだ。それも俺を相棒兼恋人という括りに縛り付けて。
正直、前世の記憶と今世の記憶。両方を頭の中にいれているのだから、年を重ねるごとに段々と忘れていっているが、絶対に忘れないと自信がある言葉が一つだけある。
俺はある男の『お前だけは俺を忘れるな』という言葉を生まれ変わっても忘れずにいる。
彼の声も、顔も、その時どんな服を着ていたのかも。すべて鮮明に覚えている。
1
木枯らしが吹き荒れていた日のこと。顔もろくに見ることのない、知らない誰かの歌声をBGMにして、俺はアルバイトに勤しんでいた。
薄汚れ、油が点々とこびりついた厨房の床はやる気をそぐ勢いで独特の臭いを漂わせる。
しかし、このカラオケ店員を始めてから早4年。そんな臭いにもすっかり慣れ、重たい足取りで機材が積み重ねられたラックの方へと向かい、俺はモニタを凝視した。
「お、13号室、そろそろ出ますね。どうしますか、ここはいっちょやりますか?」
髪を明るめな茶色に染め、パーマで完璧にセットした声の主は、制服をだらっと着流して
ボタンを一つだけ多く外していた。同じアルバイト仲間の前田だ。彼は拳を胸元あたりに差し出し俺の顔色を伺った。
その両の指は三つの戦法のうちどれを出すべきかとポキポキと鳴らしている。恐らく。どちらが清掃の業務を請け負うかいつもの「じゃんけん」で決めようとしているのだ。
そんなじゃんけん一発勝負で、どの仕事をするか決めようとする彼は、確か俺の一つ下
だったように思える。カラオケ店員歴はまだ一年足らずで、経験こそ浅いもののそつなくこなせるタイプだ。
「いや、いい。前田、お前今日俺より長いだろ?俺、さっき来たばっかだし、清掃は
任せろ」
そう言いながら俺は清掃道具を整理し、片手に洗剤を入れた霧吹きを手にする。
「マジすか!今から帰宅ラッシュすよ⁉」
横にいるチャラ男の後輩がやたらと嬉しそうに目を輝かせる。そんなに清掃したく
なかったのかよ。
「モチ。その代わり、そこにあるやつ俺が戻るまで全部終わらせとけよ」
そう吐き捨てながら俺はシンクに目を向ける。溜まりにた溜まった食器が積み重ね
られていて、いつ雪崩が起きてもおかしくない状態だった。
「うげ…了解ス。やっぱそうくるよな~ハハ」
気怠に言う彼は目が笑っていなかった。無理もない。たこ焼きやピザに使う用の食器がラックからすべて消えているのだから、今日は相当出たのだろう。
「じゃ、そーゆことで。清掃行ってくるわ。ちゃんと全部、終わらせろよな」
「二回も同じこと言わなくて大丈夫すよ!」
前田は顔を引きつらせて唸った。その唸り声を聞き納め、踵を返した俺はいそいそと目的の場所へと向かおうとしたが、彼の一声に足止めを食らった。何の用だろう。まさか、皿が消えた正体はどこかの部屋が盛大に割ってくれたからじゃないだろうな?と瞬時に考えを巡らせ、身構える。
「あ!そうそう。13号室辺り、あっこらへん“ハートマーク”かもしれないス」
“ハートマーク“うちの店舗での隠語で、いわゆる男女の夜の営みを表す。俺は思ってもみなかった言葉に耳を疑い、聞き返す。
「は?それま?」
冗談だろ。冗談だって、言ってくれよ。
「マジマジ。さっき10号室にドリンク持ってった時、女の喘ぎ声、聞いたんで。」
嘘だろ。マジなのかよ。俺の一縷の望みはあっけなく閉ざされた。今から出る客らの中に致した客がいるのなら、最悪でしかない。
従業員側からすれば、事後の部屋を掃除するよりも皿を割られた部屋の方が百万倍はマシだ。身体的に傷を負うかもしれないのは前者だが、精神的な傷を確実に負うのは圧倒的に後者なのだ。
「おいおい…マジかよ勘弁しろよ。あっっ!だからお前あんなに喜んでたのかよ…」
「へへーバレちった??ま、先輩ここはひとつ頼みマース」
「はー冗談きちいわ」
ため息交じりに俺はそう呟くと厨房から清掃の部屋へと足を向かわせた。はー何がセックスだ、何がハートマークだよリア充めが。そうなのだ、俺は今世でそう言った相手をしてくれる人間が生憎、“今はまだいない”。はい、ここ超重要だから、覚えておくように。
―実のところ、前世では嫌というほど、体を重ね合わせる相手がいた。
その相手がいつぞや寝言かなんかでいった、俺の人生を捧げることになった恋人であった男だったのだが、あれは今世で思い出してみて、あまりイイ記憶じゃない。
何せ、あの忌々しい記憶のおかげで俺は幼い頃から自分が生まれてきた方法を知っていたし、男同士のやり方も知っていた。
考えても見てくれ?物心のつく前からオスとメスのピストン運動を知ってたんだぞ?
完全に教育的にアウトだろ。ソイツのせいで俺は家族でテレビを見ているとき、ちょっといかがわしいVTRが流れた時には、目を背けるどころかどこか達観したまなざしをむけ、家族に心配された。
挙句、思春期の頃にはあまりにも、性欲が皆無だったためにバレンタインには母親に甘い
チョコレートをプレゼントされたのではなく、胃もたれしそうになるエロ本を渡されたん
だぞ?。違う。俺は性欲がないんじゃなくて、いつもそういう気分になった時、前世のソイツを思い出すんだよ。したら、ほら、自然と萎えてくるだろう?。あたりまえだよな。
と、まあこんな具合に、まだまだ一向に忘れてくれそうもない、前世のエロ話を思い出していると、男女とすれ違った。二人とも携帯電話を片手に俯いているので服装を一瞥してみる。
女の方は長い髪をカールさせて、歩くたびに躍らせている。服はというと、リボンが幾つか散りばめられた、着心地のよさそうなピンクのワンピース。
そしてその上にフリルが程よく、されどふんだんに入ったジャケットを着こんでおり、
男の腕に自身の腕をがっちりとからませていた。うわあ。いかにも。て感じだな。この時代でいう、メンヘラ。
一方男の方は深みのあるワインレッドのシャツに、黒のパンツ、黒のPコートを
かっちりと合わせて中々に様になっていた。というかワインレッドなんて色を堂々と着こなせているから、きっと顔立ちがいいのだろうなと思った。髪色も、ミルクティーベージュと
イケメンにしか許されない色をしている。
はあ。なんかこういうカップル見てると無償に生きてるのだるくなるわ。そもそも俺には
生まれつきのハンデがあるし。
しゃーね。客だし一応の接客はしておくか。と思いすれ違いざまに一礼し、声をかける。
「ありがとございましたー、またのご来店お待ちしておりまーす!」結果はというと、三人の間に静寂が過ぎていった。無視かよ。俺は今にもこぼれ出そうな舌打ちを唾と一緒に素早く飲み込み、男女から遠ざかった。
ケッ。せめて、会釈くらいしたらどうなんだよ。これはサービス業を経験したことのある人間にしか分からないだろうが、接客をして返事がないことは少しばかりイラついてしまうのだ。
まるで、自分が透明人間にでも扱われたような、そんな気になる。まあ慣れたものだが
たまにこうして怒りを露わにしてしまう。
かくして目的の場所に辿り着いた俺はさっさと片付けてしまおうと、ドアノブを手にした途端だった。
―視界の端に何かある。隣の部屋だ。俺は違和感を覚え、床に視線を落とす。
そこには、客が知らぬ間に落としたであろう、灰色のストライプ柄をしたマフラーが転がっていた。
素材は恐らくカシミアだろう。しかもかなり上等そうにうかがえる。おいおいこんな高価な物忘れていくなよ。
瞬間、ハッとして扉の真ん中あたりに掲げられたプレートを見る。そこに記されたた番号を見ると13の文字があった。確か、さっきモニタで『残り時間2分』と表示されていた部屋だ。
まだ客がいるのかと、扉にそっと耳をそばだてると歌声はおろか、話し声すら聞こえてこない。
クソ。もう精算に向かったのか。まあ確かにそうか、扉の前に落ちているということは、
差し詰め帰りの際に落としたんだろう。
こんな高価なもの、後々処理が面倒なんだよな。客からしても店にもう一度来るのも面倒
だろうし、こっちからしても対応に時間がかかってしまう。今走って向かえば、間に合うかもしれない。
俺は体を思いっきりに回れ右をして捻り、フロントへと全速力で向かい始めた。
今日は面倒だな…。忘れ物の為に走るわ、ヤリ部屋にされた部屋の対応もあるわで、いいことがない。あ。急に全速力で走ったおかげで体が痛い。
足腰が思うように動かず、フロントまでの距離、残り階段一階分に差し掛かった時点で、
俺は息を切らし始めた。おかしいな、まだピチピチの二十一だってのに。もう老化が始まっているのだろうか。と階段の踊り場で自分の老いの開始に困惑し、再び段差を下ろうとすると途端に誰かとぶつかりあった。
「わっ!」
ぶつかった客らしき人物が瞬間、大きな声でそう言った。俺は全速力の勢いが余って後ろへと盛大に尻餅をつき、防衛本能からか瞼をきつく閉じる。
「いって…」
固い地面にぶつかった尻が、鈍い痛さを徐々に感じさせてくる。焦りからくる不注意と死角のせいで相手が登り詰めてきたのに気が付けなかった。
この間、焦っているときは絶対にやらかしやすいから気をつけろ、特に階段は死角になっていてぶつかりやすいけど、一時停止すれば絶対大丈夫だから。と新人達に教え込んだところなのに。自分ができていないだとか。恥ずかしい。というか下から上ってきた客は大丈夫だろうか。自分よりも圧倒的に危険な方だろうと、恐る恐る覗いてみると、客は手すりにしがみつき片足だけで立っていた体勢をなおしていた。
バランス感覚すごいな。じゃなくて。安否確認!謝罪!!
「おっ、お客様!大丈夫ですか!?お怪我はございませんか!?」
「いやっ、大丈夫です~どこもケガ、してませんよ」
やや肝を冷やされたのだあろう。下の段差を見ながらそう返答した客は戦々恐々とした声色で、ゆっくりと、骨が折れていないことを確かめるように上ってきた。あれ?この髪色、さっきのシカトカップルの男じゃないか?。しかも、なんでだろうどこかで聞き覚えのある声だ。というか、誰よりも聞いたことがあると自信があるような、そんな声をしている。
「すみません、慌てて…店員さんこそ、怪我無かったですか?」
自分のいる所まで上り詰めてきた彼は俺の顔色を伺った。しかし俺の方に照明が当たっており、彼のほうが暗いせいで、顔がよく見えない。
そうして、不思議なことに俺は知るはずもない初対面の相手に対して、寂寞とした感情が一気渦を巻いて、こみ上げてきていた。
なんで、なんでだろう。このひどく懐かしい感じ。どこか…ずっと昔にあったことがあるような、ずっと聞いていたようなそんな。
ずっと押し黙ってしまった俺を前に、彼が酷く心配するように距離を詰めてきて
こう続けた。
「えと、怪我してませんか…?頭打ったりとかしてませんか!?」
彼が距離を詰めてくれたお陰で、ようやく俺は彼の面を拝める形となったが、次の瞬間俺は時が止まったかのように顔を硬直させ、汗をだらりと背中いっぱいにかいた。
―知っている。俺はこの顔を姿形も声も。好きな服。好きな食べ物。好きな言葉。好きな音楽。好きな季節。それから、靴のサイズだって。全部俺は知っている。
間違えるはずがない、間違えようがない。アイツだ。俺の前世の恋人であった…。
「あの本当に大丈夫ですか?」
長らく口を閉ざしたままの俺を不審に思ったのだろう。今にも誰か助けを呼んだほうがいいのかを悩んでいる、そんな顔をしていた。とにかく口を開けないと。
「…大丈夫です。…こちらこそ誠に申し訳ございませんでした…。」
違う。こんな言葉が言いたくないんじゃなくて。
自身の望むような言葉とは裏腹に、出かかった言葉は至って業務的な、冷徹な機械的なものだった。自分でも驚くほど冷静な対応をした。
やめろ。お前はそんな言葉がいいたいはずじゃないだろ。そう反芻するも、何が言いたいのか段々分からなくなってきて、彼の顔を見ているのが辛くなり視線をそらした。
「え?!あっ、いやそんな、あやまんなくて大丈夫です…。あ!それ!!」
途端に何かに気づいたかのように、彼は俺の手元をみて目を丸くした。
「それ、自分のなんですよ!店員さん、わざわざ届けようとして走ってくれて、それで俺と
ぶつかったてことですよね?」
俺は静かに頷き返答をすると、彼に手元の忘れ物を渡した。マフラー。こいつの、だったのか。
「はい…」
「いやぁお手数をかけてしまって、すみません。」
そういうと彼は申し訳なさそうに頭をほんの少しだけ前屈みにした。
「い、いえいえ…。」
なんだか行き場のない気持ちだけがあふれてきて俺はただ茫然と生返事を繰り返し、突っ立っているだけだった。
「ソウちゃん~?マフラー見つかったー?」
彼の帰りが遅く、心配したのであろう。一緒に来ていた女性が階段の下で顔をのぞかせている。
「ごめんごめん今行くねー?」
彼はそう彼女の方に返事を返すと、ばつが悪い顔して見せてこう続けた。
「えーと、なんとお詫びしたらいいのか…」
「いえ、お詫びなんて結構です。恐れ入ります。」
「いやあそんな訳には!」
自分を許してやれないのだろう。どう詫びを入れるべきか悩んでいる。そんな出で立ちだった。
「本当に結構ですので…それよりお連れ様がお待ちですよ。」
ここで彼の納得のいく詫びが瞬時に出るはずもないだろうと思い俺はそう言い放った。
前世のままなら彼は優柔不断なはずで、すぐに決められないはずだからだ。
「そんな…あっ!あのまた来ますね?!」
名案が浮かんだかのように彼は顔を晴れやかにさせて、俺にはにかんで見せた。
「え。あっはい、またのご利用お待ちしております。」
あまりにも唐突な言葉に、咄嗟にまた業務的な返しをしてしまった。
「じゃ!」
そういうと彼はマフラーを首に巻きながら階段を颯爽と降りて行った。
3コメント
2020.07.17 14:50
2020.07.17 13:49
2020.07.16 19:18